TOKYOポエケット

ポエケットニュース

第五東京ポエケット

第5回ポエケットは12月1日、前回に引き続き土曜日に開催されました。
五回目となるとかなり慣れてきたような感じがしますが、本当は毎回、毎回何が起きるか主宰者はドキドキです。今回もせっかくクリスマスな気分を味わおうと小さなツリーまで用意したのに、豆電球が点いてくれませんでしたし(笑)、いつの回だったか、リーディングに音楽の共演者がついたら、後日さっそくJASRAC(日本音楽著作権協会)から問い合わせが来たり、いろいろあります。でもまあ、これらもひっくるめてのポエケット。皆さん、しっかり詩を遊び倒しましょうね(川江)


どうもこんにちは,松岡宮です。
私はFPOEM/FCVERSEのブースで自分のCDを売るため に参加していました。入り口から一番遠いところで,売上金も見張っていなくてはならなかったため,あまり他のブースに遊びに行けず残念でしたが,感想を書かせていただきます。

おひとりめのゲストは石渡紀美さん。おっとその前に,忘れちゃいけない前座はヤリタミサコさん&マクスウェルさんでしたね。ヤリタさんのリーディングも何回か見させて頂きますと,このひとは何をやりたいのか,何を言いたいのか,ということが判ってきて嬉しいのです。ヤリタさんの詩には,(言葉にすると陳腐なのですが)雑踏のなかの孤独といいますか,都会で擦り切れて行くモノを見つめているひとだなと思いました。

さて石渡さんですが,いつも「ああ納得できるなあ」という作品を書いて楽しませてくれる方で,今回も「かあさんon fire」のアカペラ歌唱も含む,セクシーで楽しいリーディングを見せてくれました。石渡さんの外見はほっそりシャープなのに,声はふっくらふくよかで,なんだか聴いていると,不思議に安心できるのです。そして詩の内容はどれも生活の息吹に満ちていて,「いったい石渡さんはどんな人生を生きてきて方なのだろう・・・・・?」と,たいへん興味を持ちました。

そしてお二人目は魚村晋太郎さんでした。黒いスーツをきた魚村さんは,まるで民間企業のエリートのようなキリリとしたお方です。リーディングでは,広島地方の天気予報をバック に読んだ「広島焼き」がとても印象に残っています。その作品では魚村さんのリーディング が半分くらいしか聞き取れないのですが,その単語の断片が,まさに身体に突き刺さるようでした。また,歯切れのよい美しい発声が印象に残っています。

全体としては,前のほうに見本ブースがあるのが,とてもよい感じです。前回私はただの客として,詩人でない友人二人を連れてきたのですが,けっこう居心地が良かったものでした。今回も,中に入れば居心地は良かったのではないかと思います。

それだけに,お客さんにもっとたくさん来て欲しいなあ・・・・と。子供さんや中学生,そして何か文化的なことを求めている人がふっと美術館に行くように,ポエケットに行ってゆったりとした時間を過ごしに来てくれたらいいなあと思います。次回は,おままごとみたいに靴を脱いであがれるマット空間とか,ブースの片隅で(学会のポスターセッションのように)教育をやる時間とか,詩に関するグッズの概念を拡げて商品のアピールを強めるとか,いろいろな企画が考えられると思います。また,もっともっと宣 伝して良いようにも思います。

自分のCDもたくさん売れて,大満足な一日でした。川江さんやヤリタさん,海埜さんなどのスタッフの皆様,ありがとうございました。今後のポエケットのますますのご発展をお祈りします。


東京ポエケットも今回で五回目になる。雑誌などでも五号まで出れば、続きが出ると安定するのだから、ポエケットも催しとして定着したといえるだろう。しかも、年二回定期的に行われているので、計画倒れの多いわたしとしては、開催者に敬意を覚える。しかし、五回というと慣れてきてたるみの出るときでもある。そんな第五回目の東京ポエケットはどんな催しだったのか。

はじめに出展者から考えてみる。以前の三回(前回は仕事のため打ち上げしか出られなかったので)と比べていくつかの特徴がある。私が見て一番目立った特徴は、個人の出展者が増えたことだ。西野智昭、辻元佳史、石渡紀美、他に三人くらいいた。対して、同人誌の出展はどうか。「Hottel」「ガーネット」「ふみ」「アニマルラブ」「」といったところだろう。しかも、「Hotel」や「アニマルラブ」は一人だし、「ふみ」は主催者が刊行している同人誌である。こう見ていくと、何やらネットワークが狭まっているように思えてくる。当然マイナス面だけではない。今回同人誌よりも規模が大きく、一部の書店でも売られている「ミッドナイトプレス」の参加があった。ネット系の、「Nifty」や「さがな。」も元気がいい。それでもやはり、仲間内の雰囲気が強くなったと感じたのは、私だけだろうか。

そのことは、催しのもう一つの目玉ともいえる、朗読により濃く現れている。魚村晋太郎、石渡紀美、、、など明らかにリーディングを主として活動しているゲストで固めている。もちろん、それが悪いといっているのではない。魚村や石渡などは人を楽しませる工夫にもかなり気を配っている。実際、魚村の質の異なる声を重ねる朗読や、石渡の暗い内容を極めて明るい旋律で歌う朗読には、興味を覚えた。 しかし、以前は野村喜和夫、、和合亮一、小笠原鳥類、長澤忍など、活字としても活躍しているゲストも少なくなく、もっと多彩だった気がする。

五回という回数の積み重ねは、催しに明確な方向を与えてきた。そのことが悪いわけではない。しかし、五回というきりのいい回数を機会に、もう一度より広い方向に開いていくことも、必要なのではないか。個人的な考えだか、「歴程」とまではいわないまでも、「ウルトラ」や「00」、「瞑空」などの、いわゆる現代詩的な(この言葉は使いたくないののだが)、同人誌の参加に期待する。あるいは、詩やミニコミではないまったく異なるジャンルからの、参加の可能性に期待する。

(森川雅美)


TOKYO ポエケット must go on!

こんにちは。TOKYOポエケットで受付大明神(Cヤリタミサコ)をつとめる松下真己こと死紺亭柳竹と申します。ゴメンね。詩人と芸人の喰えないフタマタをかけているんで、名前が二つあんですよ。漱石の名前のまだない猫さんに聞かれたらCATおどろかれちゃいますよねえ。

TOKYO ポエケットって、第3回めまではキチンとして受付っていなかったんですって。フビンに思ったお客さんが受付やったりね。オイオイ。なんてコトもありつつ永遠の前座体質を買われて、ワタクシめが第4回から受付やってます。いや、人身売買ぢゃないですよ。

で、2001年12月1日の第5回 TOKYO ポエケット。気の早いオモチャのクリスマスツリーを用意したんですけどね、全然イルミネーションが点滅してくれなかったというね。気の短い江戸っ子だったらうっちゃるんでしょうけどね、あいにくコッチは気が長いんで、ちまちまとチカチカしてくれるように画策してました。結局サイゴまで点いてくれなかったんですけど(川江注:実は、川江がツリーを床に落としちゃったんである。内緒だが)。

受付って面白いんですよ。一番はじめにお客様とコミュニケーションする場所ですしね。ポエケットではご来場頂いたお客様にはお買い物用の紙袋をお渡ししているんですが、色が赤・緑・青と三種類ほどあって。どの色にしようか迷われる方はとても考え込まれるので、一緒に迷っちゃうのも楽しいんですね。「ファイナル・アンサー?」と意味なく聞いてみたり。

そう、あと、詩のイベントというものにまったくはじめてやっていらしたお客様をほぐすのも、割合大事な、気を遣っているところですね。どうしても会場内の詩人たち(?)が、内輪の雰囲気でムレているように思えちゃうらしいんですよ。もし詩人たち(?)だけで回すんだったら「TOKYO ポエケット」やってる意味もないだろうし。ま、全体の意識の問題ですね。

そうそう、このあいだのポエケットの受付やってる時に、とある現代詩人さんにからまれたんですよ。「『ポエトリー』と『現代詩』はどうちがうんだ」って。うーん、とりあえず一介の受付が答えられる問題ぢゃナイですわなあ。でも私見の及ぶ範囲でも所謂『ポエトリー』のイベントというのには、詩のみならず、音楽やら演劇やらさまざまな要素が入ってきてますからねえ。それがイヤならば、おうちにこもって現代詩の消費と生産をやってるしかないんじゃないでしょうか。けれど全体的に「そんなヒッキーぽいのもヤだな」と皆、ウスウス思ってるんで、仮にも「TOKYO ポエケット」が成立してるんじゃないでしょうか。

受付ってね、ポエケットのなかで起こっている楽しみとはとりあえず無縁なんですね。絶えず「外」に向かってアンテナを働かせていないと、成り立たないですから。その意味ではお芝居のスタッフさんと似ていると思いますね。でも、そうでないと「外」からやってくる「お客様」を逃がしちゃいますから。「詩」の貴重な「お客様」を。

そんなこんなで、TOKYO ポエケット must go on!